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広島地方裁判所福山支部 平成4年(ワ)191号 判決 1995年1月18日

広島県甲奴郡上下町字上下八〇七番地の三

原告・反訴被告(以下、単に「原告」という。)

株式会社マルカツ

右代表者代表取締役

赤木勝

右訴訟代理人弁護士

村林隆一

今中利昭

吉村洋

浦田和栄

松本司

辻川正人

東風龍明

片桐浩二

久世勝之

岩坪哲

右輔佐人弁理士

古田剛啓

東京都北区王子四丁目九番三号

被告・反訴原告(以下、単に「被告という。)

王子繊工株式会社

右代表者代表取締役

吉田幸一郎

右訴訟代理人弁護士

雨宮真也

瀧田博

小幡葉子

鷹取信哉

右輔佐人弁理士

新垣盛克

主文

一  原告が業として別紙(一)記載の編手袋を加工、販売するについて、被告が特許番号第一七二二六七五号の特許権に基づいて原告に対しその差止を求める権利を有しないことを確認する。

二  被告は、原告が加工、販売する前項の編手袋が前項の特許権を侵害するものであるとの事実を、文書または口頭で第三者にいいふらしてはならない。

三  原告のその余の本訴請求を棄却する。

四  被告の反訴請求を棄却する。

五  訴訟費用は本訴・反訴を通じこれを五分し、その一を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

(本訴)

一  原告

1 原告が業として別紙(一)記載の編手袋を加工、販売するについて、被告が特許番号第一七二二六七五号の特許権に基づいて原告に対しその差止を求める権利を有しないことを確認する。

2 被告は、原告が加工、販売する前項の編手袋が前項の特許権を侵害するものであるとの事実を、文書または口頭で第三者にいいふらしてはならない。

3 被告は原告に対し金五〇〇万円及びこれに対する平成四年七月二一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

4 訴訟費用は被告の負担とする。

5 第2、3項につき仮執行宣言

二  被告

1 原告の請求を棄却する。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

(反訴)

一  被告

1 原告は別紙(一)記載の編手袋を製造販売してはならない。

2 原告はその所持する前項の編手袋及びその半製品を廃棄せよ。

3 訴訟費用は原告の負担とする。

二  原告

1 被告の請求を棄却する。

2 訴訟費用は被告の負担とする。

第二  当事者の主張

(本訴)

一  請求原因

1 被告は、次の特許権(以下、本件特許権といい、その特許発明を本件発明という。)を有している。

発明の名称 編手袋

特許出願日 昭和六二年六月一二日

出願公告日 平成三年一二月二六日

登録日 平成四年一二月二四日

特許番号 第一七二二六七五号

特許請求の範囲 手袋着用中の手指の動きにより、手袋本体の親指と人指し指との股部Fに集中する作用力を受け止めるため、該股部Fからすそ部Zにかけての部分に、前記股部Fを通る緯と平行に、緯に引張力が加えられたときにこれに対抗する弾性糸を所要の編込み幅で編み込んでなる編手袋(別添本件特許公報(以下、本件公報という。)の該当欄記載のとおり)

2 本件発明の構成要件及び作用効果は次のとおりである。

(一) 構成要件(符号は本件公報記載のものを指す。)編手袋であって。

(1) 手袋着用中の手指の動きにより、手袋本体の親指と人指し指との股部Fに集中する作用力を受け止めるため、

(2)<1> 該股部Fからすそ部Zにかけての部分に、

<2> 前記股部Fを通る緯

<3>と平行に、

<4> 緯に引張力が加えられたときにこれに対抗する弾性糸を所要の編み込み幅で編み込んでなる

もの

(二) 作用効果

(1) 手への適合感、密着性を向上させ、手袋の脱け出しを防止する。

(2) 手袋の耐用期間を延長できる。

3 本件発明において、股部Fからすそ部Zにかけての部分に弾性糸を編み込むとは、股部Fの最上位の緯に沿った第一列に弾性糸を編み込み、次位以降すそ部に向かって適宜の編み込み幅で前記緯と平行に弾性糸を編み込む構成をいうものに限られると解釈すべきである。

すなわち、

(一)(1) 本件公報の発明の詳細な説明の記載によれば、弾性糸を編み込むべき箇所を人指し指と親指の股部Fからすそ部Zにかけての部分とした理由について、「これはこの部分の緯に最も強い引張力が加わり、編物組織が疲労するのを防止するためである。強い引張力が働く原因は、親指の動きが主として掌の幅方向である事実、親指の付け根付近より手首に向かって掌の幅が次第に狭くなる形状的な事実及びそれらの事実が相乗的に働くという現実にあると考えられる」(第三欄一八行から二四行)、「編み込み幅の目安としては、股部Fの最上位の緯に沿った第一列から次位の緯に沿った第二列・・・と複数列、平行に設けるのがよい」(第三欄三〇行から三三行)とされ、本件発明の作用については、「親指Aから小指Eまでの手指の開閉による糸の伸び力は、親指Aと人指し指Bの股Fの最上位の緯に対して最も強く働く。この部分より下(すそ部Z)に順にF1、F2、F3・・・と緯列をあらわすと、糸の引張力は第二列以下の緯列F2、F3、F4・・・と弱まり、その引張度の強さは、第一列の緯F1・・・と第一列の経G1・・・が股下へ向かって曲線を描く湾曲の度合い及び緯列の間隔にほぼ比例している。そのため、数列の弾性糸は、第一列の緯F1のものが引張力に最も強く対抗して伸び、それを第二列の弾性糸が補強し、かくして終段の弾性糸まで徐々に負担を弱めながら全体として引張力に対抗する」ように作用する(第四欄六行から二〇行)とされ、本件発明の手袋においては、「装着した手指の開閉、握り締めあるいは緩めに応じて、最も長くかつ強く伸長され、股部Fに集中する引張力をゴム帯Rが受け止め、・・・また本体を編織している緯に対する引張力が軽減され、ある程度伸びても弾性糸が収縮しその過度の伸びや切断が早期に起きないため、糸の材質、編物組織が同等のものであっても耐用期間を延長できる効果を奏する」(第四欄三六行から第五欄三行)とされている。

(2) 以上の記載によれば、本件発明は、手袋着用時の動きにより手袋本体の親指と人指し指の股部Fに最も集中する引張力を受け止めることにより、手袋の組織の疲労や糸の切断を防止することを目的とするものであることが明らかであり、股部Fに最も集中する引張力を受け止めるために、手袋の編組織に工夫をして右最も強い引張力に対抗する反作用力を生ぜしめることとしたのである。

そのための具体的構成は、股部Fに集中する引張力を先ず受け止めることを可能ならしめる構成、すなわち、「股部Fの最上位の緯に沿った第一列から次位の緯に沿った第二列・・・と複数列、平行に設ける」構成(第三欄三一行から三三行)でなければならない。

けだし、股部の最上位の緯に沿った第一列に弾性糸を挿通させなければ右股部に最も強く作用する引張力を受け止めることができず、手袋の組織の疲労や糸の切断を防止することができないことに帰するからである。

したがって、本件発明において、「股部Fからすそ部Zにかけての部分に」弾性糸を編み込むとは、股部Fの最上位の緯に対して最も強く働く作用力を受け止めるべく右最上位の緯に沿った第一列に弾性糸を編み込み、次位以降すそ部に向かって適宜の編み込み幅で前記緯と平行に弾性糸を編み込む構成をいうのである。

本件特許公報に記載された実施例二例がいずれも股部Fの最上位の緯に沿った第一列に弾性糸を編み込む構成を採用していることからも本件発明の技術的範囲をこのように解すべきである。

(二)(1) 本件発明の特許出願前の公知技術として次のものがあった。

<1> 昭和三八年一一月二〇日公告にかかる実公昭三八-二五〇六二号実用新案公報(甲第三号証。以下、公報<1>という。)

<2> 昭和三九年三月六日公告にかかる実公昭三九-第五六二九号実用新案公報(甲第四号証。以下、公報<2>という。)

<3> 昭和三四年四月二〇日公告にかかる実公昭三四-五六四五号実用新案公報(甲第二八号証。以下、公報<3>という。)

これらには、いずれも手袋の股部からすそ部の間に弾性糸を編み込む技術が開示されている。

(2) 本件発明において、編手袋の股部Fからすそ部Zまでの範囲内にある限り、どの箇所に弾性糸を編み込んだ構成のものでも本件発明の技術的範囲に属するとすると、明らかに右公知の技術をその技術的範囲に含むことになり、不当である。

前記のとおり限定解釈することによってのみ、本件発明が公知の技術をその技術的範囲に含むとの結論を回避できる。

(三) 本件特許の出願の経過は次のとおりである。

(1) 昭和六二年六月一二日出願

出願時の特許請求の範囲は「本体の親指と人指し指の股部を通る緯と平行に、緯に引張力が加えられたときにこれに対抗する弾性糸を編み込んでなる編み手袋」というものであった。

(2) これに対し、特許庁から平成三年四月一九日付で拒絶通知があったが、その理由は、「公報<1>、<2>に記載された発明に基づいて容易に発明をすることができたものと認められる。」というものであった。

(3) これに対して、被告は、平成三年七月一二日、手続補正書と意見書を提出し、右により、特許請求の範囲を本件特許權のとおり訂正した。

被告は右意見書において、「公報<1>は、要するに各指をのぞく掌甲全体への緊締感を指部に対して相対的に高めることを特徴とする。これは、公報<1>が、指部との関係で、掌甲部の緊締感を高め、手袋の手からの抜け出しをしようとし対策を講じたに過ぎないことを示している。この公報<1>の構成では、親指と人指し指との股部Fに集中する作用力は無視さ

れており、手袋の抜け出しを防ぐことは不可能である。」と述べている。

右のとおり、本件発明は、親指と人指し指との股部に集中する作用力、すなわち、股部の最上位を通る緯に集中する作用力に特に着目して特許請求の範囲及び発明の詳細な説明の項の記載を訂正することによって公告決定にいたったものであり、右経過からも、本件発明の技術的範囲は前記のとおり限定解釈されるべきことが明白である。

4 原告は別紙(一)記載の編手袋(以下、原告製品という。)を業として製造販売している。

5 原告製品は、別紙(一)記載のとおり、股部2を通る緯41と平行に42、443、44、45と4本のスパンナイロン(非弾性糸)を、更に平行に第六列目から最終列まで計三八本のスパンナイロンを、また、該スパンナイロン二本毎に一本あて計一九本の糸ゴム(弾性糸)を編込む構成、すなわち、股部2から数えて第五列までは緯として非弾性糸を編成するにすぎず、股部Fの最上位の緯に沿った第一列に弾性糸を編み込む構成を有しないから、本件発明の技術的範囲に属しない。

6 仮に、原告製品が本件発明の技術的範囲に属するとしても、原告は次のとおり原告製品について特許法七九条により先使用による通常実施権を有する。

(一) 妙見産業有限会社(以下、妙見産業という。)は手袋の製造等を業とする会社であるが、遅くとも昭和五七年以降現在まで本件発明の内容を知らないで原告製品の原材料となる編手袋(原告製品のうちゴム貼りのないもの)を製造し、これを原告に一手販売してきた。

(二) そして、原告は遅くとも昭和五七年以降現在まで、妙見産業から仕入れた右原材料にゴム貼り加工を施して完成した原告製品を株式会社星野商店その他に販売してきた。

7 原告は足袋手袋等の護膜加工を業とする会社であり、被告は編手袋等の製造販売を業とする会社であり、両者は営業上の競争関係にあるところ、被告は、平成四年五月一三日、原告に対して内容証明郵便で、原告製品が本件特許権(ただし、当時は未だ登録されておらず、仮保護の権利)を侵害する旨の警告を発し、平成四年六月一五日、原告の得意先である中部物産貿易株式会社に対し、「貴社ブランドのライセンスに関することですので早速処理して下さい。」、「この度、当社の特許手袋に対する侵害について特許料を御請求致したく、別紙販売実績書御記入のうえ送付お願い致します。」等と記載した書面を送付した。

原告が被告を相手方として広島地方裁判所福山支部に提起した営業誹謗行為禁止の仮処分申請事件において、平成四年七月一四日、被告は原告製品が被告の有する特許の仮保護の権利を害するものであるとの事実を文書または口頭でいいふらさない旨の裁判上の和解がされたにもかかわらず、被告は、平成五年六月八日ころ、原告製品の末端販売先であるドイト株式会社(埼玉県与野市本町西四丁目一四番二号所在)、株式会社ファミリーマート(東京都豊島区東池袋四丁目二六番一〇号所在)ほかに対し、原告製造のゴム貼り手袋(商品名「ハリテZ」)が本件発明の技術的範囲に属するとして右各社において右製品の販売を中止するようにとの警告書を発送し、これにより、原告は右各社から在庫商品の返品、納品の停止等の措置を取られた。

しかし、前記のとおり、原告製品は本件発明の技術的範囲に属しないから、被告の右各行為は原告の営業上の信用を害する虚偽の事実を陳述、流布するものであり、これにより、原告は営業上の信用が害された。

8 原告は被告の前項の行為により、株式会社ドイトから同社に納品した商品(卸値で少なくとも約六〇万円)を返品され、約一万双の納入予定商品(卸値で少なくとも約二〇〇万円)につき納品中止を余儀なくされ、また、ドイト株式会社その他の取引先に対する信用を回復するために多大の労力と費用を要し、さらに原告は原告製品の先使用を示す資料の調査費用、弁護士費用等を要し、少なくとも五〇〇万円を下らない損害を被った。

9 よって、原告は被告に対し、被告が本件特許権に基づき原告に対し原告製品の加工販売を差止める権利を有しないことの確認、不正競争防止法に基づき虚偽陳述流布の差止、不法行為に基づく損害賠償として金五〇〇万円及びこれに対する本訴状送達の日の翌日である平成四年七月二一日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1 請求原因1、2の事実は認める。

ただし、本件発明の構成要件は原告の分説と実質的には異ならないが、次のとおり分説するのが相当である。

(一) 手袋着用中の手指の動きにより、手袋本体の親指と人指し指との股部Fに集中する作用力を受け止めるため、

(二) 該股部Fからすそ部Zにかけての部分に、

(三) 前記股部Fを通る緯と平行に、

(四) 緯に引張力が加えられたときにこれに対抗する弾性糸を所要の編み込み幅で編み込んでなる

(五) 編手袋

2 同3は争う。

3 同4の事実は認める。

4 同5は争う。

5 同6は争う。

6 同7のうち、原告は足袋手袋等の護膜加工を業とする会社であり、被告は編手袋等の製造販売を業とする会社であり、両者は営業上の競争関係にあること、被告が、平成四年五月一三日、原告に対し内容証明郵便で原告製品が本件特許権(ただし、当時は未だ登録されておらず、仮保護の権利)を侵害する旨の警告を発し、平成四年六月一五日、原告の得意先である中部物産貿易株式会社に対し、「貴社ブランドのライセンスに関することですので早速処理して下さい。」、「この度、当社の特許手袋に対する侵害について特許料を御請求致したく、別紙販売実績書御記入のうえ送付お願い致します。」等と記載した書面を送付したことは認める。

不正競争防止法一条一項六号にいう「陳述」とは相手方を除いた特定人に対して個別的に当該内容を伝達することであり、また、同号にいう「流布」とは不特定または多数人に知られるような態様において広める行為をいうものであり、原告に対してなされたものは同法にいう営業誹謗行為にあたらない。

中部物産貿易株式会社は自己が販売する商品を原告に指示して製造せしめているものであり、実質的に原告と同視し得る関係にあるから、同社に対する該書面送付は不正競争行為に該当せず、また、右書面の内容も、全体を通じて同社の商品の実施料について話し合いをしたい旨申入れているにすぎず、原告の営業上の信用を害する虚偽の事実を陳述流布するものとはいえない。

なお、ドイト株式会社、株式会社ファミリーマートにおいて販売されている商品には原告の製造をうかがわせる表示はなかった。

7 同8は争う。

三  被告の主張

1 原告製品の構成は次のとおりである(番号は別紙(一)記載のものを指す。)。

(一) 手袋着用時の手指の動きにより、手袋本体の親指と人指し指との股部2に集中する作用力を受け止めるため、

(二) 該股部2から数えて第六列目からすそ部3にかけての部分に、

(三) 股部2を通る緯41と平行に、

(四) 緯に引張力が加えられたときにこれに対抗する弾性糸を所要の編み込み幅で編み込んで成り、

(五) 表面にゴム貼りが施してある、

(六) 編手袋

2 原告製品は本件発明の構成要件をすべて充足するから、本件発明の技術的範囲に属する。

なお、原告製品の構成(五)は本件発明の構成要件をすべて備えたうえで付加されているものであるからいわゆる利用発明にすぎない。

3 本件発明において、「股部Fからすそ部Zにかけての部分に」弾性糸を編み込むとは、原告主張のように限定して解すべきではなく、文字どおり「股部Fからすそ部Zにかけての所要の部分に弾性糸を編み込むと解すべきである。

(一) 本件公報の発明の詳細な説明の記載によれば、発明者は、従来の手袋においては股部Fから手首までの部分は股部Fから他四指までの部分に比較して早い時期に疲労し、相対的に股部Fより下半の部分の保持力が負けて次第に脱げ易くなるというメカニズムを発見したことから、股部Fより下半の部分の疲労を防止することにより前記の問題が解決されるであろうとの知見を得たので、課題の解決手段として特許請求の範囲に記載の構成をとったのであるが、弾性糸を編み込む箇所を人指し指と親指の間の股部Fからすそ部にかけての間としたのは、その部分の緯に最も強い引張力が加わり、編物組織が疲労するのを防止するためであった。

右のとおり発明の詳細な説明によれば、股部Fから四指の付け根の付近までの部分(公報の第一図のL1)と股部Fからすそ部Zにかけての部分(同図のL2)とを分け、後者の部分の引張力に対抗する力を保持させようとし、そのために股部Fからすそ部Zまでの部分に弾性糸を編み込むこととしたことが明らかであり、原告主張のように限定して解釈すべき理由はない。

(二) 原告は、原告主張のように解さないと、本件発明が公知技術を含むことになり不当であると主張するところ、公報<1>、<2>、<3>が存することは認める。

しかし、公報<1>には親指及び他の四本の指の部分以外の全体に弾性糸条または伸縮性糸を編み込むとの技術が開示され、公報<2>には手指部分のほ付け根付近までの部分(公報の図面ではL1の部分)と股部Fからすそ部Zまでの部分(同図面ではL2の部分)とを分け、後者の部分につき引張力に対抗する力を保持させようとし、そのために股部Fからすそ部Zの部分にかけて弾性糸を編み込むこととしたことを明らかにし、審査官の指摘する公報<1>、<2>には股部Fよりすそ部Zにかけての部分に弾性糸を編み込むという構成、この構成をうながす発明意識ないし思想はなく、公報<1>、<2>によっては本願の効果も期待できないことを指摘し、審査官も意見書の記載を検討して公報<1>、<2>の考案との相違点を理解し、本件出願に進歩性ありと判断して出願公告決定をしたものである。

したがって、出願経過に照らしても、原告主張のように限定して解釈すべきとはいえない。

四  被告の主張に対する認否

1 被告の主張1は争う。

原告製品の構成は次のとおりである。

(一) 手袋着用時の手指の動きにより、手袋本体の親指と人指し指との股部2に集中する作用を受け止めるため、

(二) 該股部2からすそ部にかけての部分に股部2を通る緯41と平行に42、43、44、45と四本のスパンナイロン(非弾性糸)を、

(三) 更に平行に第六列目から最終まで計三八本のスパンナイロン5を、また、該スパンナイロン二本毎に各一本あて計一九本の糸ゴム6を、

(四) 編み込んで成る

(五) 表面にゴム貼りが施してある

(六) 編手袋

2 同2、3は争う。

(反訴)

一  請求原因

1 被告は本件特許権を有する。

2 原告は原告製品を製造販売している。

3 原告製品は本件特許権の技術的範囲に属する(本訴の請求原因1及び被告の主張1ないし3に記載のとおり)。

4 よって、被告は原告に対し、原告製品の製造販売の差止め、原告の所持する原告製品及びその半製品の廃棄を求める。

二  請求原因に対する認否

1 請求原因1、2の事実は認める。

2 同3は争う。

原告製品は本件特許権の技術的範囲に属しない(本訴の請求原因2、3、5に記載のとおり)。

三  抗弁

仮に原告製品が本件特許権の技術的範囲に属するとしても、原告は前記(本訴の請求原因6)のとおり原告製品につき先使用による通常実施権を有する。

四  抗弁に対する認否

抗弁事実は否認する。

第三  証拠

本件記録中の証拠関係目録記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

(本訴について)

一  請求原因1、2の事実は当事者間に争いがない。

なお、右争いのない本件発明の特許請求の範囲の記載及び成立に争いのない甲第一号証(本件公報)によれば、本件発明の構成要件は次のとおり分説するのが相当と認められる(符号は公報記載のものを指す)。

(一)  手袋着用中の手指の動きにより、手袋本体の親指と人指し指との股部Fに集中する作用力を受け止めるため、

(二)  該股部Fからすそ部Zにかけての部分に、

(三)  前記股部Fを通る緯と平行に、

(四)  緯に引張力が加えられたときにこれに対抗する弾性糸を所要の編み込み幅で編み込んでなる

(五)  編手袋

二  原告は、本件発明において、股部Fからすそ部Zにかけての部分に弾性糸を編み込むとは、股部Fの最上位の緯に沿った第一列に弾性糸を編み込み、次位以降すそ部に向かって適宜の編み込み幅で前記緯と平行に弾性糸を編み込む構成をいうものに限られると解釈すべきであると主張する。

(一)  成立に争いのない甲第一号証(本件公報)によれば、本件公報の発明の詳細な説明には、「弾性糸を編み込む箇所は人指し指と親指の間の股部Fからすそ部にかけての間であるが、これはこの部分の緯に最も強い引張力が加わり、編物組織が疲労するのを防止するためである」(公報三欄一八行から二一行)、「そこで、本体の前記股部Fからすそ部Zにかけての部分の弾力性を高め、手指の動きによる手袋の相対的な動きが手首方向に向かうように、所要の編み込み幅で弾性糸を折り込んでいる」(同三欄二七行から三〇行)、「本発明の手袋では、親指Aから小指Eまでの手指の開閉による糸の伸び力は、親指Aと人指し指Bの股Fの最上位の緯に対して最も強く働く。この部分より下(すそ部Z)に順にF1、F2、F3・・・と緯列をあらわすと、糸の引張力は第二列以下の緯列F2、F3、F4・・・と弱まり、その引張度の強さは、第一列の緯F1・・・と第一列の経G1・・・が股下へ向かって曲線を描く彎曲の度合及び緯列の間隔にほぼ比例している。」(同四欄六行から一五行)、「弾性糸に働く張力は緯に加えられる引張力を補強するものであり、股Fに集中する引張力に対抗してこれを受け止め、また引張力により緯が伸びても弾性糸はこれを収縮させる。そのため、弾性糸を編み込んだ股部Fより下の所要部分の弾力性がこれを編み込まない股部Fより他四指とその付け根までの部分に対して相対的に強くなる。また、股部Fに対して上記のように働く引張力は各指A、B、C、D、E、中でも人指し指Bと中指Cの経を通じて股F方向へ引くように作用するので指への密着性が増し、この力は親指の動きに対応し、弾性糸による手首方向への作用力で支えられる。(第2図鎖線、矢印参照)」(同四欄二〇行から三四行)と記載されていることが認められる。

右の記載によれば、本件発明は、手袋着用中には股部Fからすそ部にかけての部分の緯に最も強い引張力が働くことから、右部分に弾性糸を編み込むことにより、右弾性糸が股部Fに集中する引張力を受け止め、引張力により伸びた緯を収縮させ、右弾性糸を編み込んだ部分の弾力性をこれを編み込まない股部Fより他四指とその付け根までの部分に対して相対的に強くし、また、股部Fに働く引張力は各指の経を通じて股F方向へ引くように作用するので指への密着性が増すが、この力を右弾性糸による手首方向への作用力が支えるという作用をするものと認められる。

原告は、本件発明は手袋着用時に股部Fに最も集中する引張力を受け止めることにより手袋の組織の疲労や切断を防止することを目的とするものであるから、股部Fに集中する引張力を受け止めることを可能ならしめる構成、すなわち、股部Fの最上位の緯に沿った第一列に弾性糸を編み込む構成でなければならないと主張するところ、前記公報の記載によれば、糸の引張力は股部Fの最上位の緯に対して最も強く働くものと認められるが、本件全証拠によるも、股部Fに集中する引張力を受け止めるためには股部Fの最上位の緯に沿った第一列に弾性糸を編み込むことが不可欠であるとも、右位置に弾性糸を編み込まなければ編み込まれた弾性糸による前記作用が生じないとも認められない。

前出甲第一号証によれば、本件公報の発明の詳細な説明には、「編み込み幅の目安としては、股部Fの最上位の緯に沿った第一列から次位の緯に沿った第二列・・・と複数列、平行に設けるのが良く、(中略)、その数は特に限定されないが、通常の弾性糸を使用する場合には股部から中指の中心辺までの経の目数を緯に数えた程度とする。(中略)故に、仮に股下から中指まで経一〇目とすれば、緯は股下一〇目まで弾性糸を編み込む。」(公報三欄三〇行から四三行)、「数列の弾性糸は第一列の緯F1のものが引張力に最も強く対抗して伸び、それを第二列の弾性糸が補強し」(同四欄一六行から一八行)との記載があるが、右記載はその表現の仕方からみて実施例の説明としてなされたものと認められ、右記載から股部Fの最上位の緯に沿った第一列に弾性糸を編み込むことが本件発明の必須の要件であるとは認められない。

なお、前出甲第一号証によれば、本件公報には、股部Fの第一列に弾性糸を編み込む実施例しか記載されていないことが認められるが、実施例は発明思想を実際上どのように具体化するかを示すための例示的な説明にすぎないものであるから、右実施例を根拠として本件発明における弾性糸の編み込み位置について原告主張のように限定的に解することはできない。

右のとおり、発明の詳細な説明の記載を参酌しても、本件発明における弾性糸の編み込み位置について原告主張のように限定的に解することはできない。

(二)  原告は、弾性糸の編み込み位置について原告主張のように限定して解釈しないと公知の技術を本件発明の技術的範囲に含むことになると主張する。

そして、原告が公知技術として指摘する公報<1>ないし<3>が存在することは当事者間に争いがないが、成立に争いのない甲第三、第四、第二八号証によれば、公報<1>では、親指及び他の四本の指部分以外の全体に弾性糸等を編み込む手袋が開示され、右考案による手袋は、着用時、各指部以外は肌に程よく密着して指先の屈折によって編地が伸びて肌から離れて浮き上がることはなく、掌甲部全体に適当な緊締感を有するので把握力が増大するとされており、公報<2>では、親指を除く四指の付け根から掌甲上部に弾性糸等を編み込み、次いで、弾性糸等を編み込まずに親指及び掌甲下部を編成し、続いて掌甲下部の一部と手首部に弾性糸等を編み込む手袋が開示され、右考案による手袋は、着用時、掌甲上部が肌にほどよく密着して指先を屈折により肌から離れて膨れ上がることがなく、掌甲上部の部分が適度な緊締感を有するので把握力が増大するとされており、公報<3>では、ゴム糸を手首部に編み込む作業用メリヤス手袋が開示され、右考案による手袋はゴム糸により良く手首に密着するとされていることが認められる。

右事実によれば、公報<1>ないし<3>には、手袋の親指及び他の四本の指部分以外の全体ないしは股部からすそ部にかけての部分を除いた部分、さらには手首部のみに弾性糸を編み込む手袋が開示されているが、これらの考案には、弾性糸が編み込まれた部分が右弾性糸の収縮作用により肌に密着し、ないしは適度な緊締感がある等の効果があることが示されているに過ぎない。

これに対し、前記のとおり、本件発明の手袋は、股部Fからすそ部Zにかけての部分に引張力に対抗する弾性糸を編み込むことにより、弾性糸を編み込んだ股部Fより下の所要部分の弾力性がこれを編み込まない股部Fより他四指とその付け根までの部分に対して相対的に強くなり、また、股部Fに働く引張力が各指の経を通じて股F方向へ引くように作用するので指への密着性が増し、この力を右弾性糸による手首方向への作用力が支えるという作用をするものであり、前出甲第一号証によれば、その結果、股部Fに集中する引張力をゴム帯Rが受け止め、かつ、ゴム帯自体も掌の下半部からの作用を受け、全体として手袋を手首方向へずれ動かすように作用するので、手への適合感、密着性を向上させ、手袋の脱け出しを防止する効果を奏し、また、本体を編織している緯に対する引張力が軽減されるため耐用期間が延長する効果を奏することが認められる。

右のとおり、本件発明には、股部Fからすそ部Zにかけての部分に弾性糸を編み込む一方、股部Fより他四指とその付け根までの部分には弾性糸を編み込まないという公報<1>ないし<3>にはみられない技術が存し、これにより公報<1>ないし<3>にはみられない作用、効果をもたらすものであるから、公報<1>ないし<3>の存在を理由として本件発明の弾性糸編み込み位置を原告主張のように限定して解釈すべきとはいえない。

(三)  原告は、本件特許出願の経過に照らしても原告主張のような解釈をすべきであると主張するところ、成立に争いのない甲第五号証の一及び二、第六ないし第九号証によれば、次の事実が認められる。

(1) 本件出願時の特許請求の範囲は、「本体の親指と人指し指の股部を通る緯と平行に、緯に引張力が加えられたときにこれに対抗する弾性糸を織込んでなる編み手袋」というものであったが、特許庁から、公報<1>、<2>に記載の発明(弾性糸を部分的に設けた点)に基づいて容易に発明することができたと認められるとの理由で拒絶通知を受けた。

(2) これに対し、出願人は、特許請求の範囲を本件特許権のとおり補正した手続補正書(なお、発明の詳細な説明の項については変更はない。)及び意見書を提出し、右意見書において本件発明と公報<1>、<2>との相違点を述べたが、その内容は前記(二)で指摘したところとほぼ同様であり、右意見書には、弾性糸の編み込み位置を股部Fの最上位の緯に沿った第一列に限定する趣旨の記載はない。

したがって、右認定の出願経過に照らしても、本件発明の弾性糸編み込み位置を原告主張のように限定して解釈すべきとはいえない。

(四)  以上によれば、本件発明において、股部Fからすそ部Zにかけての部分に弾性糸を編込むとは、その文言どおり、股部Fからすそ部Zにかけての適宜の部分に弾性糸を編込むとの趣旨と解すべきである。

三  原告が原告製品を業として製造販売していることは当事者間に争いがなく、原告製品の説明である別紙(一)の記載及び原告製品の構成についての原告の主張(被告の主張に対する認否1参照)によれば、原告製品の構成は次のとおり分説するのが相当である(符号は別紙(一)記載のものを指す。)。

(一)  手袋着用中の手指の動きにより、手袋本体の親指と人指し指との股部2に集中する作用力を受け止めるため、

(二)  該股部2からすそ部3にかけての部分に、

(三)  前記股部2を通る緯と平行に、

(四)  股部2から41、42、43、44、45とスパンナイロン(非弾性糸)を編み込み、これと平行に第六列から最後列まで計三八本のスパンナイロン5を、また、該スパンナイロン5(非弾性糸)の二本毎に各一本あて、緯に引張力が加えられたときにこれに対抗する一九本の糸ゴム6(弾性糸)を編み込んでなる

(五)  表面にゴム貼りがしてある

(六)  編手袋

四  そこで、本件発明の構成要件と原告製品の構成を対比するに、本件発明の構成要件(二)の「股部Fからすそ部Zにかけての部分に(弾性糸を編み込む)」とは、「股部Fからすそ部Zにかけての適宜の部分に(弾性糸を編み込む)」と解すべきことは前記のとおりであるから、原告製品は本件発明の構成要件すべてを充足するものと認められ、その結果、本件発明の作用効果と同様の作用効果を有するものと認められる。

したがって、原告製品は本件発明の技術的範囲に属するものというべきである。

五  そこで、先使用による通常実施権の主張について判断する。

成立に争いのない乙第三、第四号証、原告代表者本人尋問の結果及び弁論の全趣旨により成立の認められる甲第一一号証の一ないし五、第一二号証の一ないし一二、第一三号証の一ないし二二、第一四号証の一ないし二六、第一五号証の一ないし一一、第一六号証の一ないし七、第一七ないし第一九号証の各一ないし四、第二〇ないし第二五号証、第二六、第二七号証の各一及び二(なお、第二六、第二七号証の各二は成立に争いがない。)、第三三号証の一ないし四、第三四、第三五号証、第三六号証の一及び二、第三七号証、証人妙見明宣の証言及び原告代表者本人尋問の結果によれば、次の事実が認められる。

(一)  妙見産業は手袋の製造等を業とする会社、原告は足袋、手袋の護膜加工等を業とする会社であり、原告は、妙見産業から同社の製造する編手袋を仕入れ、右手袋の表面にゴム貼加工を施してゴム貼り手袋を完成し、これを得意先に販売している。

(二)  妙見産業は、従来は手首部分にのみゴム糸(弾性糸)を編み込んだ編手袋を製造していたが、昭和五六年ころ、ゴム糸の編み込み部分を従来より拡げ、手首部分から親指と人指し指との股部より若干手首よりの部分までゴム糸を編み込んだ編手袋を考案し、まもなく、右手袋を製造してこれを原告に納入し、原告はその表面にゴム貼加工を施した完成品(原告製品)を製造し、原告代表者は、昭和五六年一〇月、原告製品について意匠登録の出願をした(ただし、登録はされていない。)。

(三)  そして、原告はそのころから原告製品を「グリーンキャッチ」、「GⅡ」、「ラーク」、「純綿キャッチ」等の商品名で株式会社星野商店等の得意先に販売するようになり、現在に至っている。

(四)  原告製品は、原告が昭和五九年ころ使用していた原告製造の農作業用品のカタログ兼注文書(甲第三四号証)や、文中に昭和六〇年元旦との文言が印刷されていることから昭和五九年末ころに作成されたと思われる原告のパンフレット(甲第三七号証)にも掲載されている。

(五)  妙見産業や原告が右製品の製造販売を開始したころ、両社は本件発明のことは全く知らなかった。

右の事実によれば、本件特許出願がされた昭和六二年より前から、本件発明を知らずに妙見産業は原告製品(ただし、表面にゴム貼加工を施してないもの)を製造し、同社からこれを仕入れた原告はこれにゴム貼加工を施した完成品を得意先に販売していたものと認められる。

証人吉田安衛の証言によれば、本件発明の発明者である同人は昭和六二年六月ころ以降、関係業者に対して本件発明にかかる編手袋の販売活動をしてきたが、当時はこのような手袋に対する需要はなく、商談は進まなかったこと、また、当時、同人は同様の構成の編手袋が出回っているとの話を聞いていないことが認められるが、右事実から直ちに当時原告において原告製品を加工販売していなかったとはいえないから、右事実も前記認定を左右するに足りない。

また、同証人は、原告が原告製品の製造を開始したのは平成元年または同二年ころであると述べるが、その根拠も明らかでないから採用できず、他に前記認定に反する証拠はない。

そうすると、原告は原告製品を加工販売するにつき特許法七九条により先使用による通常実施権を有するものと認められる。

原告が業として原告製品を加工販売するにつき被告が本件特許権に基づく差止請求権を有するか否かについて原、被告間に争いがあることは弁論の全趣旨から明らかである。

よって、被告に対し、右差止請求権不存在確認を求める原告の請求は理由がある。

六  虚偽陳述流布禁止請求について

原告が足袋手袋等の護膜加工を業とする会社であり、被告が編手袋等の製造販売を業とする会社であり、両社は営業上の競争関係にあることは当事者間に争いがない。

また、被告が、平成四年六月一五日、原告の得意先である中部物産貿易株式会社に対し、「貴社ブランドのライセンスに関することですので早速処理して下さい。」、「この度、当社の特許手袋に対する侵害について特許料を御請求致したく、別紙販売実績書御記入のうえ送付お願い致します。」等と記載した書面を送付したことは当事者間に争いがなく、右通知が原告製品に関してのものであることは弁論の全趣旨から明らかである。

原本の存在及び成立に争いのない甲第三一号証の一及び二、成立に争いのない甲第三〇号証によれば、被告は、平成五年六月八日ころ、ドイト株式会社、株式会社ファミリーマートに対し、その販売するゴム貼り手袋(商品名「ハリテZ」)が本件発明の技術的範囲に属するとして右製品の販売の中止等を求める内容証明郵便を出したことが認められ、原告代表者本人尋問の結果によれば、右商品は原告製品の商品名であると認められる。

原告製品の製造販売が本件特許権を侵害するものでないことは前記のとおりであるから、被告の右各通知は虚偽であり、右通知が原告の営業上の信用を害することも右通知内容から明らかである。

以上によれば、原告の被告に対する虚偽陳述流布禁止請求は理由がある。

なお、被告が平成四年五月一三日、原告に対して内容証明郵便で、原告製品が本件特許権(ただし、当時はいまだ登録されておらず、仮保護の権利)を侵害する旨の警告を発したことは当事者間に争いがないが、不正競争防止法一条一項六号所定の行為は、競争関係にある相手方に関する虚偽の事実を相手方の取引先等に陳述、流布するものであって、相手方に対して直接陳述することは含まないと解するべきであるから、被告の原告に対する右陳述は不正競争防止法一条一項六号に該当しない。

七  原告は、被告の前項の各行為によって被った損害について損害賠償を請求している。

1  しかし、被告の中部物産貿易株式会社に対する前項の通知による原告の営業上の損害についてはこれを認めるに足りる証拠はない。

2  次いで、被告のドイト株式会社、株式会社ファミリーマートに対する前項の通知についての損害賠償請求について検討するに、原本の存在及び成立に争いのない甲第三二号証、成立に争いのない乙第一〇号証、証人古田安衛の証言及び原告代表者本人尋問の結果によれば、ドイト株式会社、株式会社ファミリーマートで売られていた原告製品(商品名「ハリテZ」)には原告の製造をうかがわせる記載はなかったこと、原告が被告を相手方として広島地方裁判所福山支部に提起した営業誹謗行為禁止仮処分申請事件(同庁平成四年ヨ第六六号)において、平成四年七月一四日、被告は原告が加工販売する原告製品が本件特許権(ただし、登録前につき仮保護の権利)を害するとの事実を言いふらさない旨の裁判上の和解がされたが、その際にも原告が「ハリテZ」という商品名の手袋を製造販売しているとの説明はされてないこと、前記通知をした当時、被告は右手袋を原告が製造していたとは知らなかったことが認められ、被告において右手袋が原告製造であることを知り得たと認めるに足りる証拠はない。

そして、原告製品が本件発明の技術的範囲に属するものであることは前記のとおりである。

以上によれば、被告がドイト株式会社、株式会社ファミリーマートに対し前記通知をしたことについて故意はもとより過失があったとも認められない。

3  被告の原告に対する前項の警告についての損害賠償請求について検討するに、右行為が不正競争防止法一条一項六号に該当しないことは前記のとおりであるから、右行為について不正競争防止法一条の二に基づく損害賠償請求は理由がない。

なお、原告は被告の右行為について民法七〇九条に基づき損害賠償を請求しているとも解されるが、特許権の権利者(ないしは、仮保護の権利者)が右権利を侵害していると思料される者に対して侵害行為の停止を求めることは、その手段もしくは態様が悪質である等特別の事情の存しない限り不法行為にならないと解するのが相当であるところ、右停止を要求した被告の言動に特に悪質であることを認めるに足りる証拠のない本件においては、右行為は不法行為に該当しないものというべきである。

4  よって、原告の本件損害賠償請求は理由がない。

(反訴について)

被告が本件特許権を有していること、原告が原告製品を製造販売していることは当事者間に争いがなく、原告製品が本件発明の技術的範囲に含まれることは前記のとおりであるが、原告が原告製品を製造、販売することについて特許法七九条により先使用による通常実施権を有することも前記のとおりである。

よって、被告の反訴請求は理由がない。

(結論)

以上のとおりであり、原告の本訴請求は、差止請求権不存在確認及び虚偽陳述流布の差止を求める限度で理由があるから認容し、その余は理由がないから棄却し、被告の反訴請求は理由がないから棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条を適用し、なお、仮執行宣言は必要がないものと認めるからこれを付さないこととし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 藤戸憲二 裁判官 辻川昭 裁判官 佐々木亘)

別紙(一)

原告の編手袋の説明書

一、 図面の説明

図面は、編手袋の正面図である。

二、 編手袋の構成

(一) 1は編手袋であって、2は該手袋の親指Aと人差し指Bとの股部であり、3はすそ部である。

右の股部2から41、42、43、44、45とスパンナイロン(非弾性糸)が編み込まれ、これと平行に、第6列から最後列迄計38本のスパンナイロン5が、また、該スパンナイロン2本毎に各1本宛計19本の糸ゴム6が編み込まれている。

(二) 右の手袋の表面には赤(G-Ⅱ)、茶(特紡「ラーク」)、緑(グリーンキャッチ)、黄緑(純綿キャッチ「GO」)のゴム貼りが施している。

以上

別紙

<省略>

<19>日本国特許庁(JP) <11>特許出願公告

<12>特許公報(B2) 平3-80882

<51>Int.Cl.5A 41 D 19/00 識別記号 M 庁内整理番号 2119-3B <24><44>公告 平成3年(1991)12月26日

発明の数1

<54>発明の名称 編手袋

<21>特願 昭62-146492 <55>公開 昭63-309608

<22>出願 昭62(1987)6月12日 <43>昭63(1988)12月16日

<72>発明者 吉田安衛 東京都北区東十条4丁目11番3号

<71>出願人 吉田安衛 東京都北区東十条4丁目11番3号

<74>代理人 弁理士 井沢洵

審査官 鈴木美知子

<56>参考文献 実公 昭38-25062(JP、Y1) 実公 昭39-5629(JP、Y1)

<57>特許請求の範囲

1 手袋着用中の手指の動きにより、手袋本体の親指と人差し指との股部Fに集中する作用力を受け止めるため、該股部Fから、すそ部Zにかけての部分に、前記股部Fを通る緯と平行に、緯に引張力が加えられたときにこれに対抗する弾性糸を所要の編込み幅で編込んで成る編み手袋。

2 弾性糸の編込み福が、股部Fから中指の中心辺までの経の目数を緯に数えたのと同寸法に設定されている特許請求の範囲第1項記載の編手袋。

発明の詳細な説明

(産業上の利用分野)

本発明は編物組織を有する編手袋に関するものである。

(従来の技術)

編手袋は適度の伸縮性と密着感が得られるので多く使用されており、通常メリヤス編、中でも緯メリヤスの平織組織を有するものが多い。これは伸縮性に富み、多孔性のため換気が良好で、かさ高にすると保温も良く、また柔軟な風合をもつためである。しかし、編物組織よりなるので伸びたり、糸が切断したりすることもあり、特に指の開閉を繰返すような使い方をされると、糸が綻びたり、切れたりし易い問題を生ずる。

本発明者は軍手と称される作業用手袋の製造に長年携つて来たものであり、前記のような問題に接したことも多いが、軍手に限らず、糸の伸び過ぎが原因の支障は多く発生している。

本発明者は前記従来の編手袋の使用による糸及び組織の疲労について研究した結果、着用中の手袋は、親指の付根(第1図、第2図に於る股部F)付近を通る緯が最も強く引張られ、それよりも手首よりの部分には、親指の側方への動きが繰返し伝わるため早い時期に疲労して弾力性を失ない、他方股部Fより他4指の付根までの部分(第1図のL1)は殆んど疲労しないため弾力性が保存され、相対的に股部Fより下半の部分の保持力が負けて次第に脱け易くなるというメカニズムを見出した。その結果股部Fより下半の部分の疲労を防止することにより前記の問題が解決されるであろうという知見を得た。

前記の問題は、主として糸の性質と編物組織の変更によつて改善可能であるが、例えば軍手に見るように、その商品に求められる機能や価格から来る評価は既に固定しており、高価な糸を使用したり、機械構造から変更しなければならない改善策は試みられても実現性は殆んどない。

(技術的課題)

そこで、本発明の課題は現在市場に広く行き渡つている編手袋の材質、構造、価格等を大きく変えることなく、手への適合感、或いは密着性を向上し、かつまた糸の伸びや切断による破損が起るのを可能な限り阻止し、耐用期間を延長できるようにすることにある。

(技術的手段)

前記目的を達する本発明の編手袋は、手袋着用中の手指の動きにより、手袋本体の親指と人差し指との股部Fに集中する作用力を受け止めるため、該股部Fから、すそ部Zにかけての部分に、前記股部Fを通る緯と平行に、緯に引張力が加えられたときにこれに対抗する弾性糸を所要の編込み幅で編込んで成るものである。

編手袋の本体は、在来の手袋と同様の材質の糸、毛糸等により、極く通常の編み方、例えば平編、ゴム編、パール編などの緯メリヤスその他の編物組織で構成される。弾性糸は、糸状のゴム、中でもゴムの回りに繊維を巻付けて形成したものが本体材料との織合いも良く好ましいがこれに限られない。弾性糸の例としては従来から手袋のすそ部に収縮性を与えるため用いられたものがある。

弾性糸を編込む箇所は、人差し指と親指の間の股部Fからすそ部にかけての間であるが、これはこの部分の緯に最も強い引張力が加わり、編物組織が疲労するのを防止するためである。強い引張力が働く原因は、親指の動きが主として掌の幅方向である事実、親指の付根付近より手首に向つて掌の幅が次第に狭くなる形状的な事実及びそれらの事実が相乗的に働くという現実にあると考えられる。

そこで、本体の前記股部Fからすそ部Zにかけての部分の弾力を高め、手指の動きによる手袋の相対的な動きが手首方向に向うように、所要の編込み幅で弾性糸を折込んでいる。編込み幅の目安としては、股部Fの最上位の緯に沿った第1列から次位の緯に沿つた第2列……と複数列、平行に設けるのが良く、強力な弾性糸であれば1本でも十分な効果を発揮するのでその数は特に限定されないが、通常の弾性糸を使用する場合には股部から中指の中心辺までの経の目数を緯に数えた程度とする。中指の中心というのは飽くまで一つの目安に過ぎず材質や編織方法により増減し得るが、例えば第2図にみるような経G1……の股F方向への彎曲が起るのが中指付近までであるためである。

故に仮に股下から中指まで経10目とすれば、緯は股下10目迄弾性糸を編込む。それより少ないと、弾性糸の疲労が進行して効果が弱くなり、また手袋の形態上も変形が不自然になる。弾性糸の強さは、すそ部Zがそのまま上方へ延長されたような形態となる程度、つまり弾性糸を編込まない状態の幅の約4割に圧縮される程度が良い。

(発明の作用)

上記の如く構成された本発明の手袋では、親指Aから小指Eまでの手指の開閉による糸の伸び力は、親指Aと人差し指Bの股Fの最上位の緯に対して最も強く働く。この部分より下(すそ部Z)に順にF1、F2、F3……と緯列をあらわすと、糸の引張力は第2列以下の緯列F2、F3、F4……と弱まり、その引張度の強さは、第1列の緯F1……と第1列の経G1……が股下へ向つて曲線を描く彎曲の度合及び緯列の間隔にほぼ比例している。

そのため、数列の弾性糸は、第1列の緯F1のものが引張力に最も強く対抗して伸び、それを第2列の弾性糸が補強し、かくして終段の弾性糸まで徐々に負担を弱めながら全体として引張力に対抗する。このように弾性糸に働く張力は緯に加えられる引張力を補強するものであり、股Fに集中する引張力に対抗してこれを受け止め、また引張力により緯が伸びても弾性糸はこれを収縮させる。

そのため弾性糸を編込んだ股部Fより下の所要部分の弾力性が、これを編込まない股部Fより他4指とその付根までの部分に対して相対的に強くなる。

また股部Fに対して上記のように働く引張力は、各指A、B、C、D、E、中でも人差し指Bと中指Cの経を通じて股F方向へ引くように作用するので指への密着性が増し、この力は親指の動きに対応し、弾性糸による手首方向への作用力で支えられる(第2図鎖線、矢印参照)。

(発明の効果)

従つて本発明の編手袋によれば、装着した手指の開閉、握り締め或いは緩めに応じて、最も長くかつ強く伸張され、股部Fに集中する引張力をゴム帯Rが受け止め、かつゴム帯自体も掌の下半部からの作用を受け、全体として、手袋を手首方向へずれ動かすように作用するので、手への適合感、密着性を向上させ、手袋の脱け出しを防止する効果を奏する。また本体を編織している緯に対する引張力が軽減され、或る程度伸びても弾性糸が収縮しその過度の伸びや切断が早期に起きないため、糸の材質、編物組織が同等のものであっても耐用期間を延長できる効果を奏する。なお、実施例記載の構造の場合、耐用期間の延長は、本発明を実施しない同一材質、構造の編手袋に対して、3倍になることが見込まれた。

(実施例)

図示実施例により説明すると、この例は作業用手袋に関するもので、綿特紡糸の8.5番を用いて製造されており、編織は、平編みの緯メリヤスで、手の平最上位から股Fまでの長さL1と、股Fからすそ部までの長さL2、すそ部の長さをL3としたとき、その長さの比は目数にして18目、18目、26目とした。

弾性糸は、糸状ゴムに繊維を巻回したものを股部Fの第1列Fより第13列まで全てに入れ、すそ部に連続させた。そのため股部以下すそ部端まで同じ幅Wになることになつた。第3図は編物組織の裏目を示しており、H1……は裏側に編込まれる弾性糸、Yは弾性糸による伸縮部である。

図示しないが、第2の実施例として第7列まで、つまり第1の実施例の過半の位置まで弾性糸を織込んだものを製造した。この場合第8列から第13列までの緯は収縮性がないからやや膨らみ気味となる。

これらの編手袋を着用し、耐用期間、使用性の試験を行なつたところ、着用中弾性系を編込んだ部分にはやや圧迫感があるが、それが手のひらへの適合感、密着感に転じ、また手の親指から手首へかけての両側では手袋を手首へ引くような着用感が得られ従来のようなだぶつき感が長期間発生せず、極めて安定感があり、股部Fの緯の伸びは7日間連続着用でも生じなかつた。

図面の簡単な説明

図面は本発明に係る編み手袋の実施例を示すもので第1図は正面図、第2図は使用状態の説明図、第3図は組織の拡大図である。

第1図

<省略>

第2図

<省略>

第3図

<省略>

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